済美
コメント(0) トラックバック(0) 
| 高校名 | 学校法人 済美学園済美高等学校(さいび)公式サイト | ||||
| 所在地 | 〒790-8560 愛媛県松山市湊町7丁目9-1 | ||||
| 学校のプロフィール | 1901年松山裁縫伝習所として創立。 済美高等女学校を経て、1948年現在の校名となる。 2002年より男女共学。 生徒数1539人(女子1122人) | ||||
| サッカー部のプロフィール | 2002年創部。 部員数41人(1年15人、2年10人、3年16人) | ||||
| 全国大会の出場記録 |
| ||||
| 監督のプロフィール | 土屋誠(つちや まこと)1969年9月17日生まれ。松山商→高知大。 学生時代はMF、FWとして活躍、大学ではインカレ出場経験あり。 1992年済美の事務職となる。 1993年から女子サッカー部指導。 | ||||
| ユニフォームカラー | ![]() | ||||
| 今年の注目選手 | |||||
| 過去の注目選手 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
![]() |
|
| 過去の名称 | 松山裁縫伝習所 澤田裁縫女学校 勝山女学校 愛媛女学校 愛媛実科女学校 勝山高等女学校 済美女学校 済美高等女学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人済美学園 |
| 併合学校 | 松山技芸女学校 家政女学会 |
| 校訓 | やればできる |
| 設立年月日 | 1901年4月20日 |
| 創立者 | 澤田亀 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 設置学科 | 普通科・特別進学、進学。 家政科・情報、福祉、食物科学。 美術科・音楽、美術。 |
| 高校コード | 38509D |
| 所在地 | 〒790-8560 |
| 愛媛県松山市湊町7丁目9-1 | |
| 電話番号 | 089-943-4185 |
| FAX番号 | 089-943-3121 |
| 外部リンク | 公式サイト |
済美高等学校(さいびこうとうがっこう)は、愛媛県松山市にある日本の私立高等学校。
学校法人済美学園が経営している。創立は1901年。元々女子校であったが、2002年度から男女共学となった。県内屈指のマンモス校で、全校生徒は1500人近くいる。
目次 |
[編集] 設置学科
- 普通科 特進・特技・進学・食物科学・情報・福祉コース
- 音楽科
- 美術科
[編集] スポーツ活動
- 野球部 - 2004年4月、春の選抜高校野球において上甲正典監督(元宇和島東高校監督)のもとで史上最短の創部3年目にして初出場・初優勝した。2004年夏の選手権でも、駒大苫小牧に決勝戦で10-13で敗れたものの準優勝した。翌年夏も出場し1勝を挙げる。その後は古豪・今治西の躍進もありなかなか甲子園には手が届かずにいる。だが2008年の愛媛県大会では見事優勝を果たし甲子園出場を果たす。しかし甲子園で智弁和歌山に完封負けして初の初戦敗退となる。その年の秋の新人大会では準決勝で新田高校に2-4で敗れた。練習時間は県内はもちろん全国でも屈指。朝の8時頃からはじまって終わるのが夜の10時や、週末のミニ合宿で深夜まで練習するなど厳しい練習で県内屈指のマンモス校にのし上がった。同年秋季大会では四国大会まで進出したものの初戦で盟友の馬渕監督率いる明徳義塾に敗れた。同じく1年生大会でも松山商業に敗れて、やや低迷気味。
- サッカー部 - 2003年8月、創部2年目にして夏の総体において土屋誠監督のもとで初出場となるが、1回戦で東邦高校に敗れる。2004年夏の総体では富山第一、室蘭大谷を退けベスト16入りし、3回戦では敗れはしたがこの大会で優勝した国見に1-2で善戦した。この年には冬の選手権初出場も果たし、1回戦では実践学園相手に堀川恭平の大会ハットトリック第1号などの活躍により3-1で快勝。しかし2回戦では前橋商業に1-2で惜敗した。2006年冬の選手権にも出場し2回戦から登場するが、星稜の前に敗退。2007年は夏の総体に3年ぶり出場を果たすも日章学園に敗退し、冬の選手権も帝京に0-3で惨敗。女子も全日本高校選手権、全日本選手権出場歴がある。
- ソフトボール部 - 1993年創部。元社会人野球選手の乗松征記が監督を務め、1995年の新人大会で初優勝。全国大会の常連となり、2002年には夏の総体3位、国体3位の成績を上げた。
- バレーボール部 - 夏の総体8回出場、春高バレーでは3回出場でベスト8も経験している。しかし、聖カタリナ女子という強豪校の存在が大きな壁となっており近年は全国大会から遠ざかっている。
- 陸上競技部 - 県大会31回及び四国大会10回の総合優勝を誇り、全国大会でも優勝を含む入賞者も多数。共学化とともに創部された男子部も2004年に全国大会を経験し、現在では優勝者も出す程の実力を持つ。
[編集] 沿革
- 1901年 - 私立松山裁縫伝習所として創設
- 1911年 - 済美高等女学校及び済美女学校が開校
- 1948年 - 済美高等学校に改組
- 2002年 - 男女共学となる
- 2004年 - 春の甲子園優勝、夏の甲子園準優勝、冬の国立1回戦突破
[編集] 関連校
[編集] 校歌・学園歌
独特の歌詞で知られる「学園歌」は、男女共学化の際に作られたもの。甲子園などで元気に歌えるようにと新設されたが、情緒と歴史ある「校歌」が歌われなくなったことに心を痛める卒業生は少なくない。しかし、卒業式などでは校歌も流れている。
[編集] その他
甲子園優勝後、校訓が「やればできる」に変更された。 教室に入ると壁にかけられた「やればできる」が目に飛び込んで来る。 全校生徒数に対する進学比率は低いが、これは進学対応の学科/コースが限られているため。特進コースでは、ほぼ100%が進学をしている。地元の愛媛大学、松山大学への進学者が割合では最も多い。最近は芸術系「音楽科」「美術科」などの県外進学も増えている。
[編集] 主な同校出身者
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この記事の更新日時:2008年11月22日04時24分

