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高校名

鳥取県立境高等学校

(さかい)
公式サイト
所在地〒684-8601 鳥取県境港市上道町3030番地
学校のプロフィール 1940年県立境中として創立。
学制改革により1948年境第一高と改称。
1949年高校再編成で現在の校名となる。
生徒数711人(女子372人)
サッカー部のプロフィール 1971年創部。
部員数54人(1年21人、2年18人、3年15人)
全国大会の出場記録
選 手 権:出場5回(第85回)
インターハイ:出場6回(20052006年度)
監督のプロフィール

廣川雄一

(ひろかわ ゆういち)
1978年4月19日生まれ。米子東→早稲田大→SC鳥取。
高校時代はMFとしてインターハイ、選手権、天皇杯出場。大学時代はDFとして関東大学サッカートーナメント準優勝。
2004年監督主任。
ユニフォームカラー
今年の注目選手
過去の注目選手

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鳥取県立境高等学校
画像:GazouBoshu.png
過去の名称 組合立境高等家政女学校
境女子商業学校
鳥取県立境高等女学校
鳥取県立境第二高等学校
鳥取県立境中学校
鳥取県立境第一高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 鳥取県
校訓 質実剛健 文武両道
設立年月日 1938年4月(境高等家政女学校)
1940年2月2日(境中学校)
創立記念日 2月2日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科
高校コード 31124D
所在地 684-8601
鳥取県境港市上道町3030番地
北緯35度32分11.3秒東経133度14分3.2秒
電話番号 0859-44-0441
FAX番号 0859-44-0443
外部リンク 公式サイト
テンプレート/ノート

鳥取県立境高等学校(とっとりけんりつさかいこうとうがっこう)は、鳥取県境港市にある高等学校

目次

[編集] 歴史

  • 1938年4月 - 組合立境高等家政女学校が開校。
  • 1940年2月2日 - 鳥取県立境中学校を設置。
  • 1944年4月 - 境高等家政女学校を境女子商業学校と改称する。
  • 1946年3月 - 境女子商業学校を境高等女学校と改称する。
  • 1948年4月1日 - 境中学校を鳥取県立境第一高等学校と、境高等女学校を鳥取県立境第二高等学校とそれぞれ改称する。
  • 1949年4月1日 - 境第一高等学校・境第二高等学校・余子水産高等学校が合併して鳥取県立境高等学校となる。
  • 1953年11月 - 水産科は鳥取県立境水産高等学校として分離・独立。
  • 2003年4月1日 - 家庭学科を鳥取県立境港総合技術高等学校(境港工業高等学校・境水産高等学校が合併)に移管。

[編集] 設置学科

  • 全日制
    • 普通科

[編集] 高校野球実績

夏の甲子園出場回数は7回を数える。これは鳥取西米子東に次ぐ県3位の出場回数である。

硬式野球部は1946年の創部。県西部の伝統校・米子中への対抗心からの創部だった。のちに米子東で監督を務めた、2代目監督岡本利之の指導で急速に力をつけ、創部6年目の1952年に夏の大会初出場を果たしている。その後も米子東OBの貫名和久の指揮で1973年、春の選抜に初出場するなど、米子東OBの指導を受け力をつけた。

全国大会では、県大会で見せた力を発揮できないまま敗れることが多い。

[編集] 全国高等学校野球選手権大会

1952年に初出場した時の投手は、のちに広島に入団した拝藤宣雄である。

1984年の夏の大会では、初戦の法政一高戦で、投手の安部伸一が法政一打線を無安打無得点に抑えながらも味方打線の援護がなく、延長10回裏に許した初安打がサヨナラ本塁打となって敗れた。

甲子園初勝利は1974年の春の選抜だったが、夏の全国大会初勝利は遅く、初出場から38年を経た1990年のことだった。

夏通算成績 1勝7敗

年度 出場回数 全国大会成績 対戦校
1952年(第34回大会 初出場  2回戦敗退 0-4 日大三(東京)
1979年(第61回大会 27年ぶり2回目 1回戦敗退 6-13 中京(愛知)
1982年(第64回大会 3年ぶり3回目 1回戦敗退 3-9 東海大甲府(山梨)
1984年(第66回大会 2年ぶり4回目 1回戦敗退 0-1 法政一(西東京) 延長10回
1990年(第72回大会 6年ぶり5回目 2回戦敗退 3-2 八戸工大一(青森)
0-5 平安(京都)
1998年(第80回大会 8年ぶり6回目 1回戦敗退 6-7 滑川(西埼玉)
2007年(第89回大会 9年ぶり7回目 1回戦敗退 1-14 甲府商(山梨)

[編集] 選抜高等学校野球大会

1973年に初出場したチームはベンチ入りメンバーが11人で、「ひよっ子イレブン」として話題を集めた。前年秋の新チーム結成時は部員が5、6人しかいなかったが、そこから部員を集めての秋の快進撃だった。蔦文也監督の率いる池田(徳島)が「さわやかイレブン」として人気を集め、準優勝を飾る1年前のことである。この時対戦して敗れた日大山形は、これが山形県勢の選抜初出場だったが、境は山形県勢に選抜初勝利を献上した形になった。

これ以後も、春の選抜の重要な選考資料となる秋季中国地区大会にたびたび出場している。しかし早い段階で他県勢に敗退したり、上位進出をしてもそこで大敗して選から漏れたりと今ひとつ力を発揮できず、選抜3回目の出場は未だ実現していない。

春通算成績 1勝2敗

年度 出場回数 全国大会成績 対戦校
1973年(第45回大会 初出場 1回戦敗退 2-5 日大山形(山形)
1974年(第46回大会 2年連続2回目 2回戦敗退 8-1 長良(岐阜)
0-7 和歌山工(和歌山)

[編集] 出身者

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この記事の更新日時:2008年11月17日04時41分

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