カレン・ロバート

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選手名カレン・ロバート()
高校名市立船橋
ポジションFW
生年月日1985年6月7日
身長体重180cm/72kg
血液型
出身校・クラブ茨城県
経歴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

カレン・ロバート
名前
愛称 ボビー
カタカナ カレン ロバート
ラテン文字 CULLEN Robert
基本情報
国籍 日本
生年月日 1985年6月7日(23歳)
出身地 茨城県土浦市
身長 180cm
体重 75kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム ジュビロ磐田
ポジション FW
背番号 22
利き足 右足



Template(ノート 解説)サッカー選手pj

カレン・ロバート1985年6月7日 - )は、茨城県土浦市出身のサッカー選手。ポジションはフォワードジュビロ磐田所属。

目次

[編集] プレースタイル

スピードと豊富な運動量(少年時代から運動量は豊富で、そのため守備的な位置でプレーすることが多かったという)でボールを追い回し続ける泥臭さが信条。

[編集] 来歴

実父がイギリス人(北アイルランド出身)、実母が日本人のハーフで、日本とイギリスの二重国籍者だったが、日本国籍を選択。兄弟は兄と姉(共にイギリス国籍でイギリス在住)。小学生時代は柏レイソルの小学生(ジュニア)チームでプレーし、全日本少年サッカー大会の優勝経験を持っている。

船橋市立船橋高等学校に進学し、全国高等学校サッカー選手権大会をはじめとする高校サッカーの各種大会で活躍。2001年度には全国高校選手権優勝、2003年度には高円宮杯全日本ユースサッカー選手権(U-18)大会でも優勝し、高校生年代のユース日本代表メンバーにも選ばれた。また、市立船橋として2種シードで天皇杯に出場し、1回戦でザスパ草津を1-0で破り、二回戦で阪南大学に1-0で勝利した。三回戦でその年のJリーグ王者横浜F・マリノスと対戦し注目を集めたが、延長戦でも決着がつかずPK戦の末敗れた。(最終スコア2-2 PK:2-4)

2004年ジュビロ磐田に入団。同年は9試合出場に留まるが、2005年清水エスパルスとの静岡ダービーでプロ初得点を獲得。その年は31試合で13得点を挙げて、見事新人王のタイトルを手中に収めた。

[編集] エピソード

  • しばしば間違われるが、姓がカレン、名がロバートである。
  • 兄は父から英語教育を受けて通訳を職業にしているが、彼はそれを受けなかった。高校時代英語の成績は3だった、というのは本人が自身の英語力のなさを喧伝する際しばしば使用している。市立船橋時代のチームメイト増嶋竜也は「顔は外国人なのに、メンタルは日本人」と評する。
  •  :この件について、日本と北アイルランドが試合したらどんな気持ちになると思う?という問いに対しての返答は「僕は北アイルランドになんも愛着とかないんで(笑)、日本を応援しますね」。またインタビューで「どこにも行きたくない。日本が一番いい」「飛行機がまずイヤで、ゴハンが合わないし、あと言葉とか」などとも語る。
  • つくば市立竹園西小学校、つくば市立竹園東中学校(所属はバスケットボール部)を卒業。
  • 実兄は、中山雅史の筑波大学時代の教育実習先の中学に在学し、教えを受けたという。
  • 高校時代「柏レイソルから誘われたらどうする?」という問いに「行きます。(柏に)愛着あるから」と答えている。それを覆して(なお本人は「オファーをもらったクラブの中から、最終的に残した候補は柏・磐田・清水の3クラブ」と後にインタビューで答えている)最終的にジュビロに決定した理由は、憧れの選手である中山雅史の所属チームであったからだと言われている。そして着実に”泥臭い”プレースタイルを継承している。
  • 生来の髪の色はほぼ黒色で、高校に入った頃から茶に染めていたが、彼の出自や顔立ちからして誰も別に不自然だとは思わず、染髪には誰も気付かなかったという。
  • 少年時代は先に述べたように守備的な位置を務めることが多く、サッカーを始めて最初につけた背番号も2だった。磐田入団時に空いていた背番号の中から22を選んだのは、「2が2つある」という理由だったと語る。
  • チームメイトである船谷圭祐とは公私共に仲良し。練習でのランニングなどは殆ど常にコンビを組んでおり、スパイクも同じメーカーの同じ種類を履く。トークショウで一緒に出演した中山には「オフも一緒。2人きりで人生ゲームをやっている」「まるで夫婦だ」と茶化された。

[編集] 所属クラブ

ユース

プロ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 市立船橋高 10 - - - 3 0 3 0
2004 磐田 22 J1 9 0 4 0 0 0 13 0
2005 磐田 22 J1 31 13 2 0 2 1 35 14
2006 磐田 22 J1 23 5 5 0 2 0 30 5
2007 磐田 22 J1 26 7 4 2 1 2 31 11
2008 磐田 22 J1 16 4 3 3 1 1 20 8
通算 日本 J1 105 29 18 5 6 4 129 38
日本 - - 3 0 3 0
総通算 105 29 18 5 9 4 132 38
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2004 磐田 22 2 1
2005 磐田 22 5 1
通算 AFC 7 2

[編集] 個人タイトル

[編集] 代表歴

[編集] 関連項目

先代:
森本貴幸
Jリーグ新人王
2005
次代:
藤本淳吾

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この記事の更新日時:2009年01月02日04時32分

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