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| 玉田 圭司 |
| 名前 |
| 愛称 |
タマ、タマちゃん |
| カタカナ |
タマダ ケイジ |
| ラテン文字 |
TAMADA Keiji |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1980年4月11日(28歳) |
| 出身地 |
千葉県浦安市 |
| 身長 |
173cm |
| 体重 |
67kg |
| 血液型 |
AB型 |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
名古屋グランパス |
| ポジション |
FW(ST、WG、CF) |
| 背番号 |
11 |
| 利き足 |
左足 |
| クラブチーム1 |
| 年 |
クラブ |
App (G) |
1999-2005
2006-現 在 |
柏レイソル
名古屋グランパス |
109 (30)
71 (15) |
| 代表歴 |
| 2004- |
日本 |
53 (13)
|
|
1国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在
■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
|
玉田 圭司(たまだ けいじ、1980年4月11日 - )は、千葉県浦安市出身のサッカー選手。ポジションはFW。Jリーグ1部(J1)・名古屋グランパス所属。
[編集] プレースタイル
ペナルティエリア付近の左45度の位置からのシュートを得意(主要国際試合でも、2004アジアカップ・バーレーン戦と、2006W杯・ブラジル戦で同位置からシュートを決めている)としており、もっぱらこの位置から利き足の左足で決めるパターンが多い。
170cm前半と、世界はおろか国内でも小柄なFWだが、それゆえにスピードとテクニックを両立させた切れ味鋭いドリブルが活きる。また正確なパス・フリーキックも持ち合わせており、高い突破力と相まってJリーグでは数多くのアシストを記録、チャンスメーカーとしても評価されている。
本人曰く、ヘディングが苦手なのが欠点だが、2007年8月25日の大宮アルディージャ戦ではヘディングでゴールを決めている。
[編集] 来歴
習志野高から1999年、柏レイソルに入団。2002年にJ1残留争いを繰り広げていた頃に地元出身のFWとして注目を浴び、2003年、2004年には2年連続2桁ゴールを挙げるなど柏のエースストライカーとして急成長。
2004年、ドイツW杯・アジア地区1次予選の日本代表メンバー選考の際、その能力が当時の日本代表監督ジーコに評価され代表に選出され、実力を発揮。アジア杯でも活躍し優勝に貢献。またそのルックスから女性ファンも急増した。
アジア杯での活躍がジーコに強烈な印象を与えたこと、また玉田のようなウイング的な動きを得意とする選手が不在であったこともあり、以後コンスタントに代表に選出される。2006年 ドイツW杯では、ブラジル戦で先制点となるゴールを決めた。クラブでは同時期、柏レイソルのJ2降格に伴い2006年1月にJ1の名古屋グランパスエイトへ完全移籍。背番号は「11」を与えられ期待されるも、当時の監督セフ・フェルホーセン監督からボールのないところでのプレーが求められ、また怪我も重なり、ここ2年間で公式戦49試合11ゴールと精彩を欠いた。しかし2008年に名古屋の英雄であり、本人も憧れていたドラガン・ストイコビッチが監督に就任すると、得意なドリブルのプレーが求められ、シーズン前の練習試合では、かつてのドリブルのキレが徐々に戻り、同年3月26日、2010年ワールドカップアジア3次予選の対バーレーン戦(マナマ)に出場。1年8ヶ月ぶりに代表復帰した。その後のリーグ戦では、4得点と得点力は発揮できなかったが、持ち味のドリブルやパス、テクニックでチームを優勝争いに貢献した。
[編集] エピソード
- 柏所属時代、ライバルチームで後に玉田が在籍することになった名古屋グランパスの親会社・トヨタ自動車のCMに出演したことがある。
- 試合後には必ずコカコーラを飲む。
- 大のウイニングイレブンファン。対人プレイを好み、本人曰く「一人では絶対にやらない」。雑誌「We-Ele」の企画で、当時チームメイトの山口慶、本田圭佑、須藤右介と対戦し見事優勝した(付属DVDに収録)。お気に入りのチームはFCバルセロナ。また、対戦中は饒舌になる。
[編集] 所属クラブ
- 市川カネヅカ(浦安市立入船中学校)
- 習志野市立習志野高等学校(1998年柏レイソル強化指定選手)
- 1999年-2005年 柏レイソル
- 99.12.06-00.02.04 Mirassol Futebol Clube(São Paulo)に短期留学
- 2006年-現 在 名古屋グランパス
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 1999 |
柏 |
28 |
J1 |
5 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
6 |
1 |
| 2000 |
柏 |
28 |
J1 |
5 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
6 |
0 |
| 2001 |
柏 |
28 |
J1 |
2 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
3 |
0 |
| 2002 |
柏 |
28 |
J1 |
13 |
3 |
2 |
0 |
1 |
0 |
16 |
3 |
| 2003 |
柏 |
28 |
J1 |
28 |
11 |
5 |
0 |
2 |
1 |
35 |
12 |
| 2004 |
柏 |
28 |
J1 |
28 |
10 |
0 |
0 |
1 |
0 |
29 |
10 |
| 2005 |
柏 |
28 |
J1 |
28 |
6 |
0 |
0 |
0 |
0 |
28 |
6 |
| 2006 |
名古屋 |
11 |
J1 |
26 |
6 |
1 |
0 |
2 |
0 |
29 |
6 |
| 2007 |
名古屋 |
11 |
J1 |
14 |
5 |
4 |
2 |
2 |
0 |
20 |
7 |
| 2008 |
名古屋 |
11 |
J1 |
31 |
4 |
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
180 |
45 |
14 |
2 |
9 |
1 |
172 |
44 |
| 総通算 |
180 |
45 |
14 |
2 |
9 |
1 |
172 |
44 |
[編集] 経歴・タイトル
- クラブチーム
- クラブタイトル
[編集] 代表歴
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 53試合 13得点(2004-2008)
| 日本代表 |
国際Aマッチ |
| 年 |
出場 |
得点 |
| 2004 |
18 |
5 |
| 2005 |
16 |
2 |
| 2006 |
7 |
2 |
| 2007 |
0 |
0 |
| 2008 |
12 |
4 |
| 通算 |
53 |
13 |
[編集] ゴール
[編集] 経歴・タイトル
- 代表
- 代表タイトル
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
この記事の更新日時:2009年01月09日04時21分