中村俊輔

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選手名中村俊輔(なかむら しゅんすけ)
高校名桐光学園
ポジションMF
生年月日1978年6月24日
身長体重178cm/70kg
血液型
出身校・クラブ神奈川県横浜市
経歴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中村 俊輔
名前
愛称 シュン(日本)、NAKA(海外)
カタカナ ナカムラ シュンスケ
ラテン文字 NAKAMURA Shunsuke
基本情報
国籍 日本
生年月日 1978年6月24日(30歳)
出身地 神奈川県横浜市戸塚区
身長 178cm
体重 73kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム スコットランドの旗 セルティック
ポジション MF(OH,RSH)
背番号 25
利き足 左足
クラブチーム1
クラブ App (G)
1997-1998
1999-2002
2002-2005
2005-
日本の旗 横浜マリノス
日本の旗 横浜F・マリノス
イタリアの旗 レッジーナ
スコットランドの旗 セルティック
60 (14)
88 (19)
81 (11)
109 (22)
代表歴2
2000- 日本 82 (22)


1国内リーグ戦に限る。2008年6月3日現在 22008年11月19日現在
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

中村 俊輔(なかむら しゅんすけ、1978年6月24日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロサッカー選手。スコティッシュ・プレミアリーグセルティックFC所属。ポジションはミッドフィールダー

2000年JリーグMVP(日本人選手最年少の22歳)、アジアカップ2004MVP、2006-07スコティッシュ・プレミアリーグMVPなどを受賞している。

目次

[編集] 来歴

[編集] 学生時代

深園SCに入団、サッカーを始める。市立深谷中学時代には日産(現・横浜F・マリノス)のジュニアユースのエースとして全国優勝を果たすもユースへ昇格が出来ず[1]桐光学園高等学校へ進学しサッカー部に所属[2]、高校2年の全国高校サッカー選手権で頭角を現し、高校3年の全国高校サッカー選手権で準優勝を収めた。(この時横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)のサポーターが応援に来た。)またアジアユースにも高校サッカー部からの唯一の選出選手として出場した。

[編集] Jリーグ時代での活躍

1997年横浜マリノスに入団。徐々に力を発揮しクラブの主力選手に成長していく。同年のワールドユースに出場。1998年初頭にはA代表合宿に初参加する。2000年U-23代表の主力としてシドニーオリンピックに出場。同年、日本人選手最年少でJリーグ最優秀選手賞(MVP)を受賞し、A代表にも初招集され、アジアカップでは優勝とベストイレブンを受賞、日本代表選手として定着していった。

[編集] セリエA・レッジーナ移籍

2002年5月、日韓W杯本大会メンバーへの招集が有力視されていたが、代表合宿で痛めていた足首のケガが長引いたことや、当時の日本代表監督であったトルシエの選考基準に合致しなかったことなどで落選した。スペインの名門、レアルマドリードからもオファーがあったがこの「代表落選」が理由でレアルマドリードは手を引いた。ケガが癒えた直後の同年7月、イタリアのセリエAレッジーナに移籍。レギュラーを確保しキッカーを任され、7得点をあげてセリエA残留に貢献した。

2003年6月、コンフェデレーションズカップフランス大会で、3得点をあげ『ブロンズシュー賞』を受賞。2003シーズンは出来うる限り代表戦に出場したがコンディションを崩してしまったこと故障を繰り返したことが響いてリーグ戦出場は激減してしまった。

2004年2月、横浜マリノス時代のチームメート奥大介の夫人・佐伯日菜子の紹介で知り合ったタレント経験のある元ペットショップ店員と結婚。同年7月~8月に行われたアジアカップ中国大会で、最優秀選手に選ばれた。

セリエA3年目となる2004-05シーズンは、終盤数戦こそ恥骨炎や膝の負傷などで途中出場があったがほぼ先発出場し、クラブ創設以来の最高順位に貢献。2005年6月、コンフェデレーションズカップドイツ大会で、1得点2アシストをあげ、グループリーグで敗退したチームの選手で構成されるベストイレブンに選出[3]セルティックの監督、ストラカンにプレーを高く評価されセルティックに移籍することとなった。

[編集] セルティック移籍

2005年7月、スコティッシュ・プレミアリーグセルティックFCへ移籍。移籍初年度からリーグ優勝と国内カップ戦優勝の2冠を獲得した。

2006年4月、フットボールスクール『Shunsuke Park Soccer School』を出身地横浜に開校。6月、ドイツW杯に選出され、グループリーグ全3試合にフル出場。第1戦のオーストラリア戦ではクロスボールが直接得点となった。9月、2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグに初出場。グループリーグ第1戦、オールドトラフォードで開催されたマンチェスター・ユナイテッド戦でフリーキックによる得点をあげ、UEFAチャンピオンズカップからUEFAチャンピオンズリーグ(以下CL)に改編されてからの日本人初得点者となった[4]。続く対マンチェスター・ユナイテッド戦でも得点、決勝トーナメント進出を果たす。これはセルティックにとって現行のCLとなって初[5]、日本人選手としても初めての快挙である[6]2007年3月24日、キリンチャレンジカップペルー戦において、オシムジャパン発足以来の初選出。2アシストで勝利に貢献した。4月、セルティックのリーグ戦連覇が決まり、日本人で初めて欧州リーグで連覇を経験した選手となった[7]。2006-07シーズンではリーグトップの12アシストを挙げ、スコットランドPFA年間最優秀選手賞とスコティッシュ・プレミアリーグベストイレブン、スコットランド・サッカー記者協会年間最優秀選手賞を受賞、年間ベストゴール賞[8]も獲得した。また、2007年のバロンドール候補にもノミネートされた[9]

2007-08シーズンは怪我で離脱するなど本調子は欠いたものの、チームの2年連続のCLベスト16進出や、リーグ戦では首位攻防戦の大一番でオールドファーム初得点をあげるなどリーグ3連覇に貢献した。

[編集] プレースタイル

フリーキックを蹴る中村俊輔

[編集] 攻撃

2列目から攻撃を組み立てることを好み、巧みなフェイントと正確なボールコントロールでボールをキープし、精度の高いロングパスを前線に供給し、ゲームを創る。また、プレースキックの名手[10]であり、卓越した技術によって、鋭く曲がるボール、急激に落ちるボールなど多彩な球種を蹴り分け、こぼれ玉に味方を詰めさせることを目的としたキックや、ゴールまで30m前後の位置から直接得点する能力も高い。[11]

[編集] 守備

運動量はあるものの、前述の通り守備は苦手である。

しかしセルティックに移籍後、SPLの屈強な選手とのボディコンタクトの機会が増え、徐々に守備にも改善が見られている。

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会など

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 82試合 22得点(2000年 - )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2000 16 3
2001 1 0
2002 6 2
2003 8 4
2004 15 3
2005 11 2
2006 6 2
2007 10 4
2008 9 2
通算 82 22

[編集] ゴール

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2000年2月16日 中国 ブルネイ ○9-0 AFCアジアカップ2000予選
2. 2000年6月11日 日本 スロバキア △1-1 キリンカップ
3. 2000年8月16日 日本 アラブ首長国連邦 ○3-1 キリンチャレンジ2000
4. 2002年2月2日 日本 ホンジュラス △3-3 キリンカップ
5. 2002年2月2日 日本 ホンジュラス △3-3 キリンカップ
6. 2003年3月28日 日本 ウルグアイ △2-2 親善試合
7. 2003年6月18日 フランス ニュージーランド ○3-0 FIFAコンフェデレーションズカップ2003
8. 2003年6月18日 フランス ニュージーランド ○3-0 FIFAコンフェデレーションズカップ2003
9. 2003年6月20日 フランス フランス ●1-2 FIFAコンフェデレーションズカップ2003
10. 2004年6月9日 日本 インド ○7-0 2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選
11. 2004年7月20日 中国 オマーン ○1-0 AFCアジアカップ2004
12. 2004年7月24日 中国 タイ ○4-1 AFCアジアカップ2004
13. 2005年6月22日 ドイツ ブラジル △2-2 FIFAコンフェデレーションズカップ2005
14. 2005年9月7日 日本 ホンジュラス ○5-4 キリンチャレンジカップ
15. 2005年10月8日 ラトビア ラトビア △2-2 親善試合
16. 2006年6月12日 ドイツ オーストラリア ●1-3 2006 FIFAワールドカップ
17. 2007年7月13日 ベトナム アラブ首長国連邦 ○3-1 AFCアジアカップ2007
18. 2007年7月16日 ベトナム ベトナム ○4-1 AFCアジアカップ2007
19. 2007年9月11日 オーストリア スイス ○4-3 親善試合
20. 2007年9月11日 オーストリア スイス ○4-3 親善試合
21. 2008年6月2日 日本 オマーン ○3-0 2010 FIFAワールドカップ・アジア地区予選
22. 2008年9月6日 バーレーン バーレーン ○3-2 2010 FIFAワールドカップ・アジア地区予選

[編集] タイトル

  • 2001年 Jリーグカップ
  • 2005-06 スコティッシュプレミアリーグ
  • 2005-06 スコットランドリーグカップ
  • 2006-07 スコティッシュプレミアリーグ
  • 2006-07 スコットランドFAカップ
  • 2007-08 スコティッシュプレミアリーグ

[編集] 個人タイトル

[編集] 出場記録

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1997 横浜M 25 J 27 5 3 0 1 0 31 5
1998 横浜M 25 J 33 9 4 1 0 0 37 10
1999 横浜FM 10 J1 26 7 4 0 3 1 33 8
2000 横浜FM 10 J1 30 5 4 1 2 0 36 6
2001 横浜FM 10 J1 24 3 6 2 1 0 31 5
2002 横浜FM 10 J1 8 4 - - 8 4
イタリア リーグ戦 イタリア杯 オープン杯 期間通算
2002-03 レッジーナ 10 セリエA 32 7 4 1 - 36 8
2003-04 レッジーナ 10 セリエA 16 2 2 0 - 18 2
2004-05 レッジーナ 10 セリエA 33 2 0 0 - 33 2
スコットランド リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2005-06 セルティック 25 S・プレミア 33 6 4 0 1 0 38 6
2006-07 セルティック 25 S・プレミア 37 9 0 0 4 0 41 9
2007-08 セルティック 25 S・プレミア 26 6 0 0 4 1 30 7
2008-09 セルティック 25 S・プレミア 12 5 0 0 1 1 13 6
通算 日本 J1 148 33 21 4 7 1 176 38
イタリア セリエA 81 11 6 1 - 87 12
スコットランド S・プレミア 108 26 4 0 10 2 122 28
総通算 325 65 31 5 16 1 372 72
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
UEFA UEFA CL
2006-07 セルティック 25 8 2
2007-08 セルティック 25 4 0
2008-09 セルティック 25 5 0
通算 UEFA 17 2

[編集] CM出演

[編集] 出版

[編集] 執筆書籍

[編集] 関連書籍

[編集] DVD

  • SHUNSUKE
  • FANTASISTA Shunsuke Nakamura IN SCOTLAND GLASGOW
  • 中村俊輔の“I Love Soccer”サッカー教室〈永久保存版〉
  • 中村俊輔DVDバイオグラフィー 2002 - 2005
  • セルティック 2005 - 2006シーズン リーグチャンピオンへの軌跡

[編集] 脚注

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  1. ^ 中村本人は、当時のプレーが悪かったから昇格できなかったのだと語っているが(著書 察知力)、当時の担当者は160cmに満たない身長が原因だったと述壊している。
  2. ^ 1学年上に須藤大輔、同級生に佐原秀樹、1学年下に宇留野純井手口純がいる。
  3. ^ ドイツキッカー誌の選定による。
  4. ^ 1992年からCLとして再編成される以前のチャンピオンズカップにおける初得点者は、1978-79年大会の奥寺康彦
  5. ^ UEFAチャンピオンズカップだった40年前に優勝している。
  6. ^ 1992年からCLとして再編成される以前のチャンピオンズカップでは1979年に奥寺康彦が進出している。
  7. ^ 近年の欧州リーグでの優勝に関しては中田英寿がセリエA・ASローマで優勝。
  8. ^ ダンディーユナイテッド戦のループシュート。
  9. ^ 日本人としては中田英寿、稲本潤一に次ぎ3人目。
  10. ^ FIFA 公式サイトで行われた意見公募企画、FKの名手は誰? にて、名手のひとりとして写真入で紹介された。
  11. ^ セルティックの監督ゴードン・ストラカンは、フィジカル面を問題視しながらも、中村について「タックルができない。ヘディングもできない。それがどうした、彼は天才だ」と語り、高く評価している。
  12. ^ CL本戦における(92年のCL統合後)日本人の初得点。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
先代:
アレックス(三都主アレサンドロ
Jリーグ年間最優秀選手
2000
次代:
藤田俊哉
先代:
名波浩
アジアカップMVP
2004
次代:
ユニス・マフムード
先代:
ショーン・マロニー
スコットランドPFA年間最優秀選手賞
2007
次代:
エイダン・マクギーディ
先代:
クレイグ・ゴードン
スコットランド・サッカー記者協会年間最優秀選手賞
2007
次代:
カルロス・クエジャル