佐藤由紀彦
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| 選手名 | 佐藤由紀彦(さとう ゆきひこ) |
| 高校名 | 清水商 | ポジション | DF | 生年月日 | 1976年5月11日 |
| 身長体重 | 177cm/70kg |
| 血液型 | |
| 出身校・クラブ | 静岡県富士市 | 経歴 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 佐藤 由紀彦 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ユキヒコ、プリンス | |
| カタカナ | サトウ ユキヒコ | |
| ラテン文字 | SATO Yukihiko | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1976年5月11日 | |
| 出身地 | 静岡県富士市 | |
| 身長 | 177cm | |
| 体重 | 70kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | MF | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 1995-1997 1998 1999-2002 2003-2004 2005-2006途 2006-2007 2008 |
清水エスパルス モンテディオ山形 FC東京 横浜F・マリノス 清水エスパルス 柏レイソル ベガルタ仙台 |
2(0) 29(14) 104(14) 43(3) 12(1) 41(4) 27(2) |
佐藤 由紀彦(さとう ゆきひこ、1976年5月11日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
目次 |
[編集] 経歴
清水商時代に背番号10をつけて多くの全国大会で優勝を経験、高校卒業の1995年に清水エスパルスに入団。地元育ちの生え抜きスター候補との期待を背負っての入団であった。しかしなかなかポジションを勝ち獲れず、実戦機会を増やす為にブラジルの名門グレミオに長期サッカー留学に行かされる等、戦力としては認められていない下積み時代が続いた。この状況を打破すべく1998年に自ら志願して当時旧JFLのモンテディオ山形にレンタル移籍。石崎信弘監督の薫陶を受け成長し、ゲームメーカー兼フィニッシャーとして山形をシーズン中盤まで首位快走させる原動力となった。同年のJFL新人王およびベストイレブンを受賞。
1999年、本籍は清水に残したまま、当時J2のFC東京にレンタル移籍。それまでトップ下が定位置であったが、大熊清監督により右サイドアタッカーのポジションを与えられ、クロサーとしての能力が開花するきっかけの年となる。開幕からレギュラーとしてチームの攻撃を引っ張り、J1昇格に大きく貢献した。翌2000年に向けてはレンタル元の清水に戻る選択肢もあったが、FC東京フロント、サポーターの熱心な引き留めもありFC東京へと完全移籍した。この頃はまだ一般的な知名度が高くなかったため、国立競技場での選手紹介の際にスタジアムDJが「斉藤ユキヒコー!」と名前を間違えた事もあった。翌2001年にチームに加入したトップ下・ケリーとのコンビネーションプレーによって一層佐藤の能力も引き出され、得点に直結するクロスを武器とする右サイドのスペシャリストとして、チームのJ1定着、中堅チームとしてのポジションを築く事に貢献、フィリップ・トルシエ監督により日本代表候補の合宿に招集されるまでになった。しかし2002年に就任した原博実監督は、佐藤がケガで離脱した際に横浜F・マリノスからレンタル移籍で石川直宏を獲得。石川の活躍により、2002年シーズン後半は怪我から復帰したものの右サイドのポジションを奪われ出場機会が激減した。
2003年、出場機会を得るために横浜F・マリノスにレンタル移籍。岡田武史監督の下、右サイドのポジションをつかみ、J1ファーストステージ・セカンドステージの完全制覇に貢献した。また、シーズン途中には、石川直宏と入れ替わる形で完全移籍となった。
2004年も再び横浜FMで活躍したが、シーズン後半になって同じ右サイドの田中隼磨が台頭し控えに回ることも増え、2005年にはプロ選手としてのキャリアの起点である清水に移籍することとなった。しかし移籍直後に怪我を負って出遅れ、その後も若手の台頭もありなかなか出番がない状況が続いていた。再び出場機会を求めていたところ、恩師石崎監督から誘われ、2006年6月にJ2柏レイソルへレンタル移籍、自身2度目となるJ1昇格を経験する事となり、12月には柏へ完全移籍することが発表された。石崎監督は佐藤を右サイドではなく、セントラルミッドフィールダーとしての適性を買っており、柏へ移籍後はトップ下およびボランチでの出場がほとんどを占める。
甘いマスクとは裏腹に、出場機会を求めて5チームを渡り歩いた苦労人であり、かつてヒーローインタビューにおいて「J2は魂が磨かれる場所」という言葉を残した。2007年シーズンをもって契約満了となり退団となった。
2008年1月7日、ベガルタ仙台への移籍が決定し、同年は仙台でプレーするが、12月1日に契約期間満了に伴い退団することが発表され、わずか1年でチームを去ることになった。
[編集] プレースタイル
正確なクロスを武器とする右サイドアタッカーであるが、先述のとおり元々はトップ下で、柏ではここでプレーすることが多い。プレイの質が先発か途中出場かで変わることがなく、短時間の途中出場であっても決定的な仕事ができるのは強み。難点はスタミナにやや難があることで、先発起用した場合は後半10分あたりから目に見えて動きが落ちてしまう傾向にある。
[編集] トリビア
- 実家は洋食料理店を営んでおり、子供の頃の将来の夢はシェフだった。インタビュー等で「もしサッカー選手になっていなかったら?」という問いには「100%、コックさん」とも答える。
- 端正な顔立ち、右サイドから正確なクロスを上げる事から、FC東京在籍時に「東京のベッカム」、2003年に移籍した横浜F・マリノス所属時は「ハマのプリンス」とよばれた。
- 2002年に結婚し、2008年現在3児の父である。
[編集] 所属クラブ
- 1992年 - 1995年 清水商業高校
- 1995年 - 1997年 清水エスパルス
- 1998年 モンテディオ山形(レンタル移籍)
- 1999年 - 2002年 FC東京
- 1999年はレンタル移籍。2000年以降は完全移籍
- 2003年 - 2004年 横浜F・マリノス
- 2003年1stまでレンタル移籍。2003年2nd以降は完全移籍
- 2005年 - 2006年6月 清水エスパルス
- 2006年6月 - 2007年柏レイソル
- 2006年はレンタル移籍。2007年は完全移籍
- 2008年 ベガルタ仙台
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1995 | 清水 | - | J | 1 | 0 | - | 0 | 0 | 1 | 0 | |
| 1996 | 清水 | - | J | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
| 1997 | 清水 | 12 | J | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 |
| 1998 | 山形 | 7 | 旧JFL | 29 | 14 | - | 4 | 3 | 33 | 17 | |
| 1999 | FC東京 | 14 | J2 | 35 | 6 | 7 | 2 | 4 | 2 | 46 | 10 |
| 2000 | FC東京 | 14 | J1 | 28 | 5 | 2 | 0 | 0 | 0 | 30 | 5 |
| 2001 | FC東京 | 14 | J1 | 28 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 30 | 3 |
| 2002 | FC東京 | 14 | J1 | 13 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 16 | 0 |
| 2003 | 横浜FM | 7 | J1 | 27 | 1 | 7 | 1 | 3 | 0 | 37 | 2 |
| 2004 | 横浜FM | 7 | J1 | 16 | 2 | 7 | 1 | 1 | 0 | 24 | 3 |
| 2005 | 清水 | 20 | J1 | 12 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 13 | 1 |
| 2006 | 清水 | 20 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | |
| 柏 | 42 | J2 | 19 | 2 | - | 2 | 1 | 21 | 3 | ||
| 2007 | 柏 | 14 | J1 | 22 | 2 | 3 | 0 | 1 | 0 | 26 | 2 |
| 2008 | 仙台 | 24 | J2 | 27 | 2 | - | 2 | 0 | 29 | 2 | |
| 通算 | 日本 | J1 | 148 | 14 | 27 | 2 | 6 | 0 | 181 | 16 | |
| 日本 | J2 | 81 | 10 | 7 | 2 | 8 | 3 | 96 | 15 | ||
| 日本 | 旧JFL | 29 | 14 | - | 4 | 3 | 33 | 17 | |||
| 総通算 | 258 | 38 | 34 | 4 | 18 | 6 | 310 | 48 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2004 | 横浜FM | 7 | 4 | 0 |
| 通算 | AFC | 4 | 0 | |