三浦文丈
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| 選手名 | 三浦文丈(みうら ふみたけ) |
| 高校名 | 清水商 | ポジション | MF | 生年月日 | 1970年8月12日 |
| 身長体重 | 174cm/72kg |
| 血液型 | |
| 出身校・クラブ | 静岡県清水市 | 経歴 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 三浦 文丈 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | フミさん | |
| カタカナ | ミウラ フミタケ | |
| ラテン文字 | MIURA Fumitake | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1970年8月12日(38歳) | |
| 出身地 | 静岡県清水市 | |
| 身長 | 174cm | |
| 体重 | 72kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | MF、FW | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 1993-1998 1999 2000 2001-2006 |
横浜マリノス 京都パープルサンガ ジュビロ磐田 FC東京 |
146 (26) 23 (4) 26 (1) 100 (6) |
三浦 文丈(みうら ふみたけ、1970年8月12日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。現役時代のポジションはミッドフィールダー、FW。現在は横浜F・マリノスコーチ。
目次 |
[編集] 来歴
小学6年次の1982年に清水FCの一員として全日本少年サッカー大会優勝。清水第五中学校3年次には全国中学校サッカー大会準優勝に貢献し、日本ジュニアユース代表に選出された[1]。
1986年に清水市立商業高等学校(現静岡市立清水商業高等学校)に進学。3年次の1988年に主将として第67回全国高校サッカー選手権優勝に貢献した[2]。また同年には 日本ユース代表に選出され、AFCユース選手権に出場した。
1989年に筑波大学進学。1年次からバルセロナ五輪代表に選出され1991年から1992年に行われたバルセロナ五輪アジア予選に出場、最終予選のバーレーン戦ではハットトリックを決める活躍を見せたが、本大会出場に導く事は出来なかった。
また4年次の1992年には同大学の主将を務め総理大臣杯と関東大学サッカーリーグの二冠に貢献した。
1993年にJリーグの横浜マリノス(現横浜F・マリノス)に入団。初年度からリーグ戦24試合に出場、翌1994年にはリーグ戦38試合に出場し、主にFW・攻撃的なMFとして活躍した。1995年には1stステージ優勝を経験するとともに、ダイナスティカップの日本代表に初選出されるが、代表としての試合出場は成らなかった。
1998年は試合出場機会が減少し、翌1999年には出場機会を求めて京都パープルサンガに移籍するも(京都では三浦知良との2トップも経験)、シーズン途中でジュビロ磐田へと移籍。磐田では同年末にJ1年間優勝を経験する。また、この頃からボランチに転向する。
2001年にFC東京へと移籍。2002年には開幕直後に左膝前十字靭帯を断裂する重傷を負い長期離脱、年末の天皇杯で復帰を果たすがそこで再び負傷、本格復帰は翌2003年になった。FC東京では若い選手が多いチームにおける貴重なベテラン選手として多くの試合出場を重ね、2004年にはJリーグヤマザキナビスコカップの優勝も経験した。2006年11月24日に現役引退を表明、翌2007年からFC東京のトップチームのコーチに就任し、指導者としてのキャリアがスタート。2008年からはFC東京U-15むさしコーチとしてユース世代の指導を経験。2009年に古巣である横浜F・マリノスのトップチームコーチに就任。
[編集] 人物
選手として小学校・高校・大学と、各年代で国内最高峰の大会における優勝経験を持っており、上述の通りJリーグにおいてもリーグ、カップの双方を制している。これは幸運な面もある一方で、優勝争いに関わるような強豪クラブで中軸の位置を任される能力と信頼感を持っている点が大きい。また前線からボランチに至るまで幅広いポジションをこなせる柔軟性も、長期に渡って主力選手であった要因の一つと考えられる。
[編集] 所属クラブ
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1993 | 横浜M | - | J | 24 | 5 | 4 | 0 | 3 | 2 | 31 | 7 |
| 1994 | 横浜M | - | J | 38 | 8 | 3 | 0 | 4 | 0 | 45 | 8 |
| 1995 | 横浜M | - | J | 16 | 3 | - | 2 | 1 | 18 | 4 | |
| 1996 | 横浜M | - | J | 23 | 2 | 13 | 3 | 1 | 0 | 37 | 5 |
| 1997 | 横浜M | 11 | J | 27 | 3 | 6 | 1 | 1 | 0 | 34 | 4 |
| 1998 | 横浜M | 11 | J | 18 | 5 | 4 | 0 | 1 | 0 | 23 | 5 |
| 1999 | 京都 | 8 | J1 | 23 | 4 | 3 | 0 | - | 26 | 4 | |
| 磐田 | 34 | J1 | 5 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 8 | 1 | |
| 2000 | 磐田 | 7 | J1 | 21 | 0 | 2 | 0 | 2 | 0 | 25 | 0 |
| 2001 | FC東京 | 10 | J1 | 27 | 3 | 1 | 1 | 1 | 0 | 29 | 4 |
| 2002 | FC東京 | 10 | J1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 |
| 2003 | FC東京 | 10 | J1 | 26 | 1 | 4 | 0 | 2 | 0 | 32 | 1 |
| 2004 | FC東京 | 10 | J1 | 22 | 2 | 7 | 0 | 2 | 0 | 31 | 2 |
| 2005 | FC東京 | 10 | J1 | 14 | 0 | 4 | 0 | 1 | 0 | 19 | 0 |
| 2006 | FC東京 | 10 | J1 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 0 |
| 通算 | 日本 | J1 | 295 | 37 | 51 | 5 | 24 | 3 | 370 | 45 | |
| 総通算 | 295 | 37 | 51 | 5 | 24 | 3 | 370 | 45 | |||
[編集] 指導歴
- 2007年 FC東京:コーチ
- 2008年 FC東京U-15むさし:コーチ
- 2009年 横浜F・マリノス:コーチ
[編集] 脚注
| GK |
|---|
| 1 榎本哲也|31 飯倉大樹|36 秋元陽太 |
| DF |
| 3 松田直樹|4 栗原勇蔵|13 小宮山尊信|22 中澤佑二|23 田代真一|24 金井貢史|26 田中裕介|28 浦田延尚|33 梅井大輝|35 天野貴史|38 金根煥 |
| MF |
| 6 河合竜二|7 田中隼磨|10 山瀬功治|14 狩野健太|16 山瀬幸宏|17 兵藤慎剛|25 山本郁弥|29 長谷川アーリアジャスール|30 小椋祥平|32 古部健太 |
| FW |
| 11 坂田大輔|20 水沼宏太|27 斎藤陽介 |
| スタッフ |
| 監督 木村浩吉|コーチ 三浦文丈|コーチ 吉田悟|GKコーチ 松永成立|アシスタントコーチ 小坂雄樹|フィジカルコーチ 篠田洋介 |