藤田俊哉
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| 選手名 | 藤田俊哉(ふじた としや) |
| 高校名 | 清水商 | ポジション | MF | 生年月日 | 1971年10月4日 |
| 身長体重 | 174cm/64kg |
| 血液型 | |
| 出身校・クラブ | 静岡県清水市 | 経歴 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 藤田俊哉 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | トシヤ | |
| カタカナ | フジタ トシヤ | |
| ラテン文字 | FUJITA Toshiya | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1971年10月4日(37歳) | |
| 出身地 | 静岡県静岡市清水区 | |
| 身長 | 174cm | |
| 体重 | 64kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 名古屋グランパス | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 10 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 1995-2005 2003(loan) 2005-2008 |
336 (94) 14 (1) 46 (4) |
|
| 代表歴2 | ||
| 1995-2005 | 24 (3)
|
|
|
1国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在 22007年9月11日現在 |
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藤田 俊哉(ふじた としや、1971年10月4日 - )は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身のサッカー選手である。ポジションはミッドフィールダー。Jリーグではジュビロ磐田・名古屋グランパスに所属。一時オランダのFCユトレヒトにレンタル移籍していた。またJリーグ選手協会会長もつとめる。
目次 |
[編集] プレイスタイル
攻撃的ミッドフィールダーとして、トップ下や右サイド、左サイドをプレーエリアとし、高い得点能力、パス能力を持っている。また、マークをはずす動きや、こぼれだまへの寄せの早さ、スルーパスへの飛び出し、豊富な運動量なども優れている。 試合を組み立てる能力にも長けていて、磐田時代には名波浩とともに攻守の要としてプレーしていた。
藤田は「一瞬のひらめき」を使った「藤田にしか見えない場所」に出すスルーパスで、このパスを出されるとディフェンスは、一瞬止って動けなくなってしまう。「ディフェンスをあざ笑うかのようなスルーパス」という言葉が似合う選手である。
名古屋に移籍し2年目の2006年からは、中盤でボールの交通整理を行う役目としてのボランチでの起用が多くなった。
[編集] 備考
ミッドフィルダーの名波浩、フォワードの中山雅史らとともに、ステージ優勝6回、年間優勝3回、そしてアジアクラブ選手権優勝1回など、輝かしい磐田黄金時代を作り上げ、Jリーグ・ベストイレブンに3度選出された。しかし、日本代表ではファルカン、加茂周、トルシエに招集されたがいずれも定着できず、そのため本人はインタビューなどで「頂点を極めたなんて思ったことは一度もありません」と述懐する。ジーコ監督時代、日本代表定着を狙うためにFCユトレヒトに海外移籍(レンタル移籍)を行った。ジーコは海外クラブに移籍した選手を好んで招集することもありこのような方法を取り、実際に招集されたものの、重用されることはなかった。契約満了の際、ユトレヒト側から期間延長の申し出があったが、磐田のチーム事情もあり磐田に復帰した。
しかし、2004年末より就任した山本昌邦監督(当時)の方針で常時出場することが減り、日本代表へのこだわりを持っていたことから出場機会を求めて名古屋グランパスエイトに移籍した。背番号は磐田時代と同じく10番。なおJリーグでは1997年に固定背番号が導入されたが、ユトレヒトに移籍していた期間を除いてすべてのシーズンで10番を背負っている。
[編集] 記録
2000年5月3日の対川崎フロンターレ戦では、ペナルティーキック(PK)を3本決めて、ハットトリックを達成。自身初、PKのみのハットトリックは、Jリーグでも史上初の記録であった。1本目はゴール右、2本目は真ん中、そして3本目は左と蹴り分け、ゴールキーパーは全く反応ができなかった。
2007年6月9日の対川崎フロンターレ戦(豊田スタジアム)の前半1分にPKによる得点を挙げ、中山雅史に次いで史上2人目となる、J1のリーグ戦で14年連続ゴールという記録を達成した。
2007年6月30日の対ヴァンフォーレ甲府戦(瑞穂陸上競技場)で史上唯一のJリーグ出場通算400試合を達成した。
2007年8月25日の対大宮アルディージャ戦(瑞穂陸上競技場)において、Jリーグ史上4人目、フォワード(FW)以外の選手としては史上初のJリーグ通算100得点を達成。通算得点の上位はほとんどがFWが占める中、特筆すべき記録である。
これまでのA代表歴は、24試合出場、3得点。
[編集] 所属チーム
- 1987年 - 1989年 清水商業高校 2年生時に冬の全国大会で優勝。
- 1990年 - 1993年 筑波大学
- 1994年 - 2003年8月 ジュビロ磐田
- 2003年8月 - 2003年 FCユトレヒト(オランダ)レンタル移籍
- 2004年 - 2005年6月 ジュビロ磐田
- 2005年6月 - 2008年 名古屋グランパス
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1994 | 磐田 | - | J | 38 | 7 | 4 | 0 | 1 | 0 | 43 | 7 |
| 1995 | 磐田 | - | J | 49 | 11 | - | 1 | 1 | 50 | 12 | |
| 1996 | 磐田 | - | J | 25 | 4 | 14 | 1 | 1 | 0 | 40 | 5 |
| 1997 | 磐田 | 10 | J | 24 | 9 | 6 | 0 | 4 | 3 | 34 | 12 |
| 1998 | 磐田 | 10 | J | 33 | 17 | 6 | 4 | 3 | 0 | 42 | 21 |
| 1999 | 磐田 | 10 | J1 | 29 | 4 | 4 | 1 | 3 | 0 | 36 | 5 |
| 2000 | 磐田 | 10 | J1 | 30 | 8 | 4 | 1 | 3 | 1 | 37 | 10 |
| 2001 | 磐田 | 10 | J1 | 26 | 11 | 7 | 0 | 2 | 1 | 35 | 12 |
| 2002 | 磐田 | 10 | J1 | 30 | 10 | 7 | 2 | 3 | 0 | 40 | 12 |
| 2003 | 磐田 | 10 | J1 | 13 | 6 | 6 | 0 | - | 19 | 6 | |
| オランダ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003-2004 | ユトレヒト | 16 | エールディヴィジ | 14 | 1 | - | - | 14 | 1 | ||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2004 | 磐田 | 10 | J1 | 29 | 7 | 0 | 0 | 5 | 1 | 34 | 8 |
| 2005 | 磐田 | 10 | J1 | 10 | 0 | 0 | 0 | - | 10 | 0 | |
| 名古屋 | 10 | J1 | 22 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 24 | 2 | |
| 2006 | 名古屋 | 10 | J1 | 24 | 2 | 4 | 0 | 2 | 0 | 30 | 2 |
| 2007 | 名古屋 | 10 | J1 | 29 | 2 | 1 | 0 | 2 | 0 | 32 | 2 |
| 2008 | 名古屋 | 10 | J1 | 8 | 0 | ||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 411 | 100 | 63 | 9 | 32 | 7 | 506 | 114 | |
| オランダ | エールディヴィジ | 14 | 1 | - | - | 14 | 1 | ||||
| 総通算 | 425 | 101 | 63 | 9 | 32 | 7 | 520 | 115 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2004年 | 磐田 | 10 | 4 | 0 |
| 2005年 | 磐田 | 10 | 4 | 1 |
| 通算 | AFC | 8 | 1 | |
[編集] 個人タイトル
- 1998年 - Jリーグ ベストイレブン
- 2001年 - Jリーグ ベストイレブン、Jリーグ最優秀選手賞(MVP)
- 2002年 - Jリーグ ベストイレブン
[編集] 代表歴
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 24試合 3得点(1995-2005)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 1995年 | 6 | 2 |
| 1996年 | 0 | 0 |
| 1997年 | 0 | 0 |
| 1998年 | 0 | 0 |
| 1999年 | 4 | 0 |
| 2000年 | 0 | 0 |
| 2001年 | 0 | 0 |
| 2002年 | 0 | 0 |
| 2003年 | 3 | 0 |
| 2004年 | 10 | 1 |
| 2005年 | 1 | 0 |
| 通算 | 24 | 3 |
[編集] ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 1995年、2月23日 | 中華人民共和国 | ○2-1 | 親善試合 | |
| 2. | 1995年、6月10日 | イングランド | △2-2 | 親善試合 | |
| 3. | 2004年、3月31日 | シンガポール | ○2-1 | 2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選 |
[編集] 外部リンク
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| GK |
|---|
| 1 楢崎正剛|21 西村弘司|36 広野耕一|37 長谷川徹 |
| DF |
| 3 バヤリツァ|6 阿部翔平|16 増川隆洋|22 筑城和人|30 竹内彬|34 吉田麻也|未定 松尾元太 |
| MF |
| 7 中村直志|8 マギヌン|13 山口慶|14 吉村圭司|10小川佳純|31 花井聖|33 佐藤将也|39 福島新太|未定 田口泰士|未定 平木良樹|未定 磯村亮太 |
| FW |
| 11 玉田圭司|17 巻佑樹|19 杉本恵太|26 津田知宏|38 新川織部|未定 ダヴィ|未定 久場光|未定 橋本晃司 |
| スタッフ |
| 監督 ストイコビッチ|コーチ ジュロヴスキー|コーチ ハーフナー・ディド|コーチ 今久保隆博|フィジカルコーチ 喜熨斗勝史 |
| マスコット |
| グランパスくん |
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